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第84回佐渡充高のワールドツアーリポート

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英国のアバンギャルド男 イアン・ポールターが米国ツアー遂を初制!

ポールターは石川遼が憧れるプロ界のファッションリーダーとしても有名!


 英国のアバンギャルド男、イアン・ポールター(34)が遂にビッグトーナメントの世界選手権マッチプレー(米アリゾナ州リッツカールトンGC)で優勝を果たした。英国人の優勝は同大会初という快挙だった。
 欧州ツアー8勝の実力がありながら、なかなか米国で勝てなかったことに「米国での優勝という念願が叶った。今後はもっと上を目指したい」とさらなる飛躍を誓った。これで世界ランクは9位から5位へ浮上。欧州の賞金ランクでも南アのシュワーツェルを抜いて首位。実力に実績が伴ってきた。
 ポールターといえば、まず思い浮かぶのは斬新なファッションや髪型。世界選手権最終日の淡いピンクのウェアは比較的地味だったほど。石川遼もポールターに憧れ、彼のテイストを参考に独自のスタイルを作り上げていった。彼が個性的なファッションで試合に挑むのは理由がある。「僕は毎日、昨日を超える新しい自分でありたいと願っている。自分を奮い立たせるため新しいシャツ、スラックスを身につけ、それで気分を盛り上げ目標へ近づいていくんだ」と考えている。
 ファッションへのこだわりは子供の頃に始まった。ポールターは1976年10月1日、英国ヒッチンで父テリー、母テレサの次男として生まれた。ヒッチンは英国南西部の羊毛取引市場で賑わうところで服飾関係の店も多い。母親はブティックのマネージャーで自然に服に関心を持つようになった。しかし、現実に彼が着る服は2歳年上の兄ダニーのお下がりばかり。いつか自分が気に入った服を思いきり着たい!という思いも今のファッションへのこだわりにつながっている。


ビリヤード、サッカーでも頭角を現したほどスポーツセンスが抜群だった!


 ゴルフはクラブプロの祖父ダニーとシングルの腕前の父テリーの影響で4歳から始めた。ポールターはスポーツ万能で他の球技でも頭角を現していた。ビリヤードは10歳の時にジュニア選手権で優勝。サッカーは十代半ばでプレミアチームの名門トットナムホットスパーのトライアルも受けたほど抜きん出たスポーツのセンスを持っていた。残念なことにトライアルに失敗し、それを契機にゴルフ一筋になっていった。当時、兄のダニーがゴルフ練習場に勤務していて、ポールターもその仕事を手伝うように。中学校を卒業後はプロを目指しレイトンバザードGCに就職。同コース所属のリー・スカーブロウに3年間師事し、94年、19歳でプロになった。欧州ツアーのデビューは2000年。そのシーズンはイタリアンオープン優勝、賞金ランク31位などが評価され新人王に輝いた。
 その頃、英国から同年代のジャスティン・ローズ、ポール・ケーシー、ルーク・ドナルド、ニック・ドーティーら実力派の新人が続々登場。この5人が英国人気女性グループの「スパイスガールズ」にちなみ“スパイスボーイズ”と呼ばれ欧州ツアーのアイドル的存在になっていった。


大ファンである「アーセナル」のジャージを着てプレーしたことも・・・


 その中で、やはりポールターの個性は異彩を放っていた。03年からはショッキングな髪型で登場。ある試合では髪をオレンジ色に染めて試合に臨んだことも。ロンドンのサッカーチームであるアーセナル・フットボールクラブの大ファンで、その思いを抑えきれずアブダビで開催のゴルフの試合で同チームのジャージを着てプレー。
 この件では「襟がない」とか「ジャージでプレーは失礼」など大ブーイングだった。それでも“アーセナル命”の思いはますます高まり、06年はアイリッシュオープンをプレー後、すぐに飛行機でパリまで飛んで対バルセロナ戦を観戦。翌朝7時50分のスタートに間に合うように戻ってくるという離れ業もやってのけた。「熱くなれることがあるから毎日を精一杯頑張れゴルフにも集中できる。生きるって、こういうことだと思う」とキッパリ。
 ウェアについても「自分を表現する手段であり、試合では鎧と兜のようなもの。だからこそ、着たい服を自由に着られるようになりたい」と兄の協力を得て自身のブランドを設立するに至った。彼のウェアへのこだわりは着用するだけではない。プレーに備え、ホテルの自室で丁寧にアイロンがけを行い思いを込めるのだ。


タイガー・ウッズのパットを徹底研究して唯一の弱点だったパットを克服!


 ポールターといえばファッションが先行し、どんな選手かイメージしにくいかもしれないが、一言でいえば凄腕のオールラウンドプレーヤーだ。平均飛距離、フェアウェイキープ率、パーオン率、スクランブリング(寄せワン)など平均を上回り、弱点が極めて少ない。ところが、過去の好不調を左右してきたのはパットだった。6年前の世界選手権マッチプレーではあまりにもパットが決まらずローズのパターを借りたこともあった。ローズが1回戦で敗退したので2回戦からパターを拝借し4位に食い込んだ。
 05年から米ツアー挑戦が始まりパットのレベルの差に愕然とした。そこで考えたのは世界1位のタイガー・ウッズのパットを徹底分析。1秒間に250コマのスロービデオを見て研究に没頭したのだった。
 そこで「構えた時に右前腕が左腕より出ていてアウトインのカットの軌道になりやすい」ということが判明。それを矯正することでパットも安定しはじめ、それがプレー全体をより引き締めていった。08年には全英オープン2位、09年は準メジャーのプレーヤーズ選手権2位。そして今回の世界選手権優勝でメジャーの頂点が明確に見え始めた。これからさらに目が離せない。