新型インフルエンザウイルスの脅威と生体防御システム
宮崎忠昭(北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授)
「流行危機」の宣言が出された新型インフルエンザウイルスの感染流行。人類の歴史の中で繰り返し起こるインフルエンザ・パンデミック(世界的流行)だが、人間本来の持つ生体防御システムは、新型インフルエンザウイルスに対してどのような働きをみせるのか。そして、ウイルスに打ち勝つ可能性は――!?
新型インフルエンザウイルスの脅威
新型インフルエンザウイルス(豚インフルエンザウイルス)がこの秋にも猛威をふるう、という警告が厚生労働省から出されています。この5月に日本の各地でH1N1亜型の新型インフルエンザAウイルスの流行が危惧され、政府および各自治体による対応がなされましたが、インフルエンザウイルスの高い感染性により夏季にもかかわらず徐々に感染者が増加してきました。
新型インフルエンザウイルスの感染により、すでに国内でも数人の死者がでていますが、その多くは基礎疾患を持った患者さんです。現時点ではウイルスの病原性が弱く、軽症のまま回復する症例も比較的多いのですが、ヒトの間で感染を繰り返すうちに、増殖力が強くて病原性の高いウイルスが出現する可能性は十分にあり、最大の注意を払わなければいけないと思われます。
そしてこの疾患が鳥類や哺乳類の多くの動物に共通する「人獣共通感染症」だという広い視点に立ってインフルエンザの感染拡大に冷静に対処することが大切です。また新型インフルエンザに対する対策のみならず、季節性インフルエンザにも予防、治療対策を怠るわけにはいきません。同時に鳥類や豚のインフルエンザウイルスの遺伝子変異を調べるためにウイルス調査の徹底化が必要と考えられます。豚には、鳥と人のインフルエンザウイルス両方のウイルスのレセプター(受容体)が存在します。ですから、鳥のウイルスが豚に感染してしまうと、人のウイルスも豚に感染しますので、豚の体内でこれらのウイルスの構成分子が混ざりあい、人に感染する新たなウイルスが出現する可能性があります。
10月に入り、新型インフルエンザウイルスの感染者数は1万9000人を超え、入院患者数は1600例以上となり、日本国内で20名以上の死亡例が報告されています。このH1N1亜型の新型インフルエンザウイルスは、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスと異なり、人に感染した場合、高い致死率を示すウイルスではありません。しかしながら今後、どのようなウイルスが現れるかわからないので注意すべきです。
季節性のインフルエンザウイルスにはH1N1亜型(ソ連型)とH3N2亜型(香港型)のウイルスが報告されています。インフルエンザウイルスの宿主は人、豚、鳥、クジラ、アザラシ、馬など多くの動物ですからウイルスの撲滅は出来ません。撲滅のためには動物すべて駆逐してしまわないといけないからです。ですから、ウイルスの感染拡大の対処方法としては宿主動物のインフルエンザウイルスの監視と人への感染の予防しかありません。
どんどん変化するウイルス
過去100年間のインフルエンザウイルスのパンデミック(世界的な流行)を調べますと、10年および40年の周期で起っています。例えば、新型インフルエンザウイルスの流行が危惧されているのは2009年で、H3N2亜型インフルエンザウイルス(香港風邪)が流行した1968年から40年経っています。それ以前には1957年にアジア風邪、1918年にスペイン風邪が流行しました。

スペイン風邪は2000万人から1億人、日本国内でも45万人以上が死亡したとされていますが、この原因はH1N1亜型のウイルスだったのです。
病原性の高いインフルエンザウイルスに感染すると2日から1週間という短期間に死んでしまうと報告されています。サイトカインストームという免疫システムの過剰反応による多臓器不全が直接の原因となると考えられています。サイトカインというのは、身体の中に出てくる免疫を制御する活性物質で、通常は身体を守る働きをするのですが、嵐のように過剰に出来すぎると肺をはじめ多くの臓器に炎症を起こしてしまうのです。
私たちのマウスでのウイルス感染実験においてタミフルは40?50%程度の生存率上昇が確認されており、臨床現場で使用されています。しかしながら、副作用の問題や耐性ウイルスの出現が報告されており、新薬の開発が一刻も早く待たれているという状況です。
今、世界中で流行しはじめている新型インフルエンザは、豚のウイルスが人に感染してインフルエンザを起こしたと考えられています。少し前に世間を騒がせたH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスは、人に感染すると10人のうち6?8人が死亡すると報告されています。H5N1亜型のインフルエンザウイルスは、最近、ベトナムなど東南アジアで豚に感染しているという報告があります。ですから、豚におけるこのインフルエンザウイルスを監視することが絶対に必要で、このウイルスの感染拡大についても予断は許されません。
近年、歴史的には10?40年に1回の割合で、多くの死者を出すインフルエンザの大流行が認められています。現在、新型インフルエンザの患者数は、世界で18万人を超すと報告されています。致死率が高いのは医療体制の悪い国であり、メキシコでは1.5%、コロンビアでは1.7%、アルゼンチンでは2.8%と報告されています。医療体制の整っている国とそうでない国ではインフルエンザによる被害状況の様相が異なっています。
インフルエンザウイルスに対するNK細胞の働き
人間の身体にウイルスが感染すると、まず最初に生体防御に働く細胞としてはナチュラルキラー細胞(NK細胞)が知られています。この細胞はウイルスに感染した細胞を攻撃し撲滅します。体の中のNK細胞数は年齢によって変化します。生まれたときは数が少なく、加齢にともなって増加します。しかし細胞の活性(破壊能力)は逆に、加齢とともに低下していきます(15歳前後の活性がピークです)。この活性を高めるためには「笑う」ことが効果的であることが大阪大学と日本大学の人での実験データで証明されています。
日常の生活では、外出先から帰ったら、手洗い・うがいをして、喫煙をひかえ、飲酒は深酒せず、質の良い睡眠をとり、栄養バランスの取れた食事を摂ること、そして、普段から無理のない適度な運動をし、よく笑うことと十分な休養を取ってストレスをためないことが大切です。
2007年にインドネシアでH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザの患者が100名を超え、その8割の方が亡くなりました。数少ない生存者の一人が来日し、その時の様子を聞くと「感染してから40日間発熱が止まらなかった。乳酸菌が身体にいいと聞いていたので、毎日乳酸菌を摂っていたら生存できた」という体験談を語っていました。メカニズムはよく分かりませんが、乳酸菌が人間の身体が持つ免疫の力を高めたのではないかと考えています。このため、現在、我々の研究室では乳酸菌FK-23の効果を検討し、インフルエンザの予防・治療への利用の可能性を追求しております。
インフルエンザウイルスの亜型のH1N1のHというのはヘマグルチニン(HA)のタイプで、Nというのはタミフルのターゲットであるノイラミニターゼ(NA)のタイプを示しています。この2種類の糖タンパク質のタイプにはHAは16種類、NAは9種類あり、その組み合わせによってN1H1とかN3N2などと表しています。そしてインフルエンザウイルスは8本のRNA(リボ核酸=遺伝子)を持っており、ウイルスの構造タンパクやポリメラーゼなどをコードしています。これらのアミノ酸や糖鎖の構造の違いによって増殖能力、感染性や病原性の違うウイルスとなるわけです。
インフルエンザウイルスは、人間の身体に1個入ると1日で100万個に増えると考えられています。また、このウイルスはRNAウイルスですので、構造が変化しやすく、どのようなウイルスが出現するかはまったく予想できません。
新型インフルエンザウイルスに感染すると非常に危険なのは、子供、妊婦さんと基礎疾患があってすでに入院している人たちです。妊婦さんは本人だけでなく胎内の赤ちゃんにも影響を与えますし、基礎疾患がある人は重篤化する恐れがあります。

新型インフルエンザの予防にはワクチンが欠かせませんが、この冬用のワクチン量が不足していると厚生労働省は発表しています。医療従事者や妊婦さん、基礎疾患のある方は優先的にワクチンを打つことができますが、それ以外の方は自分自身で防御することが大切です。日ごろより気をつけて、感染のリスクを避けることとインフルエンザウイルスに負けない免疫力を身に付けておきましょう。

北海道大学人獣共通感染症リサーチセン
ターの外観 Photo by S. Soma


















