腸管内の"炎症の嵐"といわれる炎症性腸疾患(IBD)の病態と腸内細菌
大阪大学大学院医学系研究科
生体機能補完医学講座教授(医学博士)
伊藤壽記
炎症性腸疾患の病態として代表的な潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)とは、どんな病気でどんな治療法があるのか。そして腸内細菌はどのような役割を果たすのか。
炎症反応と制御反応のトラブル
これまで2回にわたって、消化管が免疫臓器として重要な働きをしていることを述べてきました。
その中で、消化管(腸管)は免疫系が本来有する生体内で有害なものを排除する生体防禦機能の他に、生体にとって必要な栄養素などを積極的に取り込む経口免疫寛容(トレランス)という、他の免疫系にはない特有な機能を持っていることをお話しました。
さらに、腸管における免疫系はその中で共生している腸内細菌と密に連携して、腸内環境に良い意味でも悪い意味でも影響を与えているのです。良い意味では、健康の維持に重要な働きをしており、悪い意味では、老化、薬物(抗生物質、抗ガン剤など)、疾病、食物やストレスなどの種々の要因で腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスを、いわゆる“悪玉菌”に傾かせ、種々の病態を引き起こすということもお話しました。
さて、われわれの腸管粘膜は、本来異物である、食事に含まれる各種の抗原や共生している腸内細菌に常にさらされています。しかし、これら抗原に対する過剰な免疫反応を制御する抑制系の免疫反応が働いていて、通常、腸管内は“負の免疫応答”の状態で維持されています。それは、炎症反応が車で言うところの“アクセル”であり、これを抑え込もうとする制御反応が“ブレーキ”に相当します。
従って、われわれの腸内環境は通常、大きな事故を起こさぬよう、ゆるい下り坂を軽くブレーキをかけた状態で車を運転している状態と考えていただいたらよいと思います。

ところが、ある種の病態では、下り坂を“アクセル”を踏みっぱなしで“ブレーキ”が効かなくなった状態になります。これはまさに、腸管内で“炎症の嵐”が吹き荒れている状態で、炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory Bowel Disease)という特殊な病態です。この代表的な疾患として、潰瘍性大腸炎(UC)、クローン病(CD)があります。
年々増加するUCとCDの疾患
IBDの病態のメカニズムについては、十分には分かっていませんが、遺伝的素因を背景にして、腸管での免疫異常が引き起こされ、腸管内の抗原などの環境要因に対して、過剰な免疫反応(炎症)が生じると考えられています。最近では、腸管における粘膜免疫、特に自然免疫の機序が解明されつつある中で、IBDの病態が食事に含まれている抗原に対してではなく、腸内細菌に対する異常な免疫(炎症)反応であろうとする考えが一般的です。
マウスの実験による腸炎モデルにおいて、無菌状態で飼育すると腸炎は発症しないことや、IBD患者の炎症部の粘膜より分離した単核球が同一患者の腸内細菌に反応して増殖応答を示すことより、IBDの炎症には腸内細菌の関与が強く示唆されています。さらに、IBD患者の腸内フローラの解析では、悪玉菌が増え、善玉菌が減少していることが報告されています。
UCおよびCDの両疾患は、原因不明の特定疾患として我が国では難病の指定を受けています。患者数はUCが9.5万人、CDが2.5万人とそんなに多くはありませんが、近年、生活習慣、特に食の欧米化に伴って増加しています。また、20歳前後の若年者に発症のピークがあり、症状が良くなってもまた悪くなったりと、緩解・増悪を繰り返し、大変厄介な病気です。その結果、仕事や日常生活が制限され、生活の質(QOL)が著しく低下します。
UCの病変と治療方法
UCの病変は大腸のみに限られますが、病変進展部位により3つに分類されます(図1)。直腸に限局する直腸炎型(16.8%)、左側大腸炎型(41.4%)、全大腸炎型(33.5%)です。病期別には、活動期と緩解期に分け、症状の重さから軽症、中等症、重症、激症に分類されます。自覚症状としては、(粘)血便、下痢(血性下痢)がほとんどの例でみられます。炎症は腸粘膜だけに限られており、病変は連続性です。

治療については、厚労省研究班から治療指針が出されており、急性炎症を寛解(完治ではないが、臨床的に問題ない程度)へと導入する方法と、その状態を維持する方法とに分かれます。寛解導入には5?アミノサリチル酸製剤が第一選択であるが、無効例には副腎皮質ホルモンであるステロイドや免疫抑制剤が使われます。なお、ステロイドは副作用などのため寛解維持には使うべきでないと考えられています。
また、上記の方法がすべて無効な場合に、我が国では白血球成分除去療法が保険で認められています。これは、ちょうど血液透析と同じように体外に血液を誘導して、白血球(顆粒球)を除去した後に体内に戻す方法です。
劇症型、穿孔(腸に穴が開く)、コントロールできない大出血、中毒性巨大結腸症(重症例で、異常増殖した腸内細菌による敗血症や穿孔が起こる)や癌化した場合には手術が行われます。手術は結腸全摘が原則で、基本的には炎症が起こる結腸を除くことにより、完全寛解します。しかし、術後しばらくは排便回数が多いため、小腸(回腸)を折り重ねて“袋”(パウチ)をつくり、排便回数を減らそうとします。ところで、術後このパウチに炎症(パウチ膿炎)が起きることがあります。その原因は分かっていませんが、多くの場合、内科的治療でよくなります。
CDの病変と治療方法
CDの病変は、口からお尻(肛門)までのすべての消化管に起こり得ます。病変進展部位により3つに分類されます(図2)。小腸型(33%)、小腸大腸型(45%)、大腸型(20%)です。CDは別名、限局性回腸炎と言われるように、小腸末端から25?30cmの回腸部に多く発症し、活動性(高度、中等度、軽度)と非活動性に分かれます。

炎症はUCと異なり、腸壁全層に及び、場合によってはその隣接する臓器・組織にも波及してトンネル(瘻孔)を形成して、その先端部で菌が増殖して膿瘍(うみのかたまり)をつくります(図3)。さらに、病変は非連続性で所々にスキップします。自覚症状は腹痛、下痢、体重減少、発熱、全身倦怠感、肛門部病変が主症状です。最近では肛門の衛生管理がすすみ、肛門周囲膿瘍や痔瘻などを経験することが減っていますが、若い人で治りにくい痔瘻があれば、まずCDを疑います。

治療についてはUC同様、厚労省研究班から治療指針が出されています。UCでは最終的に全結腸を切除すれば完全寛解しますが、CDには根治的療法はなく、QOLをいかに高めるかということになります。
これまで我が国では栄養療法が、そして欧米では薬物療法が中心に行なわれてきました。栄養療法については経口摂取をストップして中心静脈栄養を行い、その後経腸栄養に切り替えて維持療法とします。
また、薬物療法としては5?アミノサリチル酸製剤が第一選択ですが、無効例にはステロイドや免疫抑制製剤が使われます。しかし今世紀に入り、炎症を増悪させる液性因子(サイトカイン)ならびにそのレセプターを分子標的とした抗体が登場して、寛解導入率が改善し様相が一変しました。しかし、投与後に起こるアレルギー反応や、結核や日和見感染などに対する配慮が必要でIBD専門医による治療が必要となります。
一方、外科治療については、炎症の繰り返しによって生じた高度の腸管狭窄、瘻孔形成(内瘻、外瘻)、出血、ガン化などが適応となりますが、ガンの場合以外、原則はたとえ病変が残っても腸切除を最小限にすることです。手術は根本的な治療ではなく、再手術、再々手術となる場合があります。その都度、腸管が短縮して、ついには短腸症候群となり、口からの栄養で生命を維持できなくなるからです。
このように、UCならびにCDに対する治療について、寛解導入のための戦略はいろいろな方法がありますが、今後の課題としてはいかにして再燃を防ぐか、すなわち寛解維持に関する治療法の確立ということになりましょう。
今までブラックボックスの中にあって、ほとんど分かっていなかった腸管粘膜の免疫機構が徐々に解明されている状況で、特に病態の根幹とも思われる腸内細菌との関わりを追求することにより、今後はその制御法の開発が期待されるところです。
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いとう としのり
昭和52年大阪大学医学部医学科卒業。同60年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部外科留学、同61年テキサス大学ヒューストン校医学部外科(臓器移植・移植免疫)留学。平成2年大阪大学医学部外科学第一講座助手、同5年米国ウィスコンシン大学(臨床膵臓移植)Visiting Fellow、同8年大阪大学医学部外科第一講座講師、同9年大阪大学医学部外科第一講座助教授、同17年1月より大阪大学大学院医学系研究科生体機能補完医学講座教授。主に、膵臓・膵島移植、膵疾患(特に膵ガン)に対する外科治療、炎症性腸疾患、補完代替医療に関する研究を行っている。