宮崎 忠昭 Tadaaki Miyazaki
北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターバイオリソース部門教授
岩井 淳 Atsushi Iwai
北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターバイオリソース部門講師
感染すると極めて症状が重篤化する高病原性鳥インフルエンザウイルス。ヒトでの世界的流行が心配されているが……。
人獣共通感染症の原因ウイルス
インフルエンザは、インフルエンザウイルスの感染によって引き起こされる感染症で、高熱や筋肉痛を伴う症状が認められます。毎年、インフルエンザの流行時には、学校の閉鎖措置がとられたり、病院内の集団感染により死者が出ることもあります。
インフルエンザウイルスには、A型とB型、そしてC型の3つの型があります。このうち、ヒトと動物(特にトリとブタ)に広く感染するのはA型のみで、記録に残っている世界的な流行(パンデミック)は、すべてこのA型インフルエンザウイルスが原因となっています。
自然界では、インフルエンザウイルスはカモやハクチョウなどの水鳥に感染し生息して受け継がれています。水鳥に感染したインフルエンザウイルスは、主に腸管で増殖してその糞中に排泄されます。インフルエンザウイルスは長期にわたる感染を起こさないため、1羽の水鳥に感染したウイルスは通常1週間前後で体内から排除されます。
ところが、水鳥は湖などに生息していますので、糞中に排泄されたウイルスは湖水を介して他の水鳥に感染します。こうして、次々と他の水鳥に感染し増殖を繰り返してインフルエンザウイルスは受け継がれていきます。これが、インフルエンザウイルスを自然界から撲滅できない理由であると考えられています。
インフルエンザウイルスの表面には、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれる2種類の糖タンパク質がウイルスの表面に存在しています。私たちの身体を病原体から守っている抗体は、主にこの2種類のタンパク質を認識してウイルスに結合することにより、その感染・増殖を抑制します。この2種類の糖タンパク質の形状は、抗体の認識と反応性の違いから大きく分類することが出来ます。
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現在のところ、HAは16種類、NAは9種類のタイプが存在することが知られており、これらの組み合わせでHAのタイプをH、NAのタイプをNとして、H1N1とかH5N1というように亜型を表記しています。
インフルエンザウイルスは、8本のRNA(リボ核酸)をゲノム(子孫に伝える遺伝情報を持つ核酸)として有しています。動物に感染するウイルスでこのように複数に分かれたゲノムを持つウイルスはどちらかと言えば少数派なのですが、インフルエンザウイルスの場合はこれが病原性に関連する重要な特徴となっています。
毎年冬に流行している季節性インフルエンザの原因ウイルスとしてヒトの間で伝播されているものはH1N1とH3N2亜型のウイルスです。これらのインフルエンザウイルスに対しては、多くの人がすでに感染していたりワクチン接種済みであることによって、身体にこれらのウイルスに対する抗体が存在しています。従って、ウイルス側の変異があったとしても、以前感染した時に作られた抗体がウイルスに反応することができますから、免疫系が未発達である子どもや、衰えているお年寄りの方を除けば重篤化しにくいと考えられます。
しかし、今までヒトに感染していなかった亜型のインフルエンザウイルスが体内に入り込んでくると、以前インフルエンザを患った方でもそのウイルスに反応する抗体が体内にまったくないために、ウイルスは容易に増殖し、重篤な病状に陥りやすくなります。
パンデミックの周期
インフルエンザウイルスによる世界的流行(パンデミック)は、これまで記録に残っている範囲では数十年程度の周期で発生しています。これはヒトに感染していなかった亜型のウイルスが、突如ヒトに感染することで引き起こされたものです。
これまでに発生したパンデミックの引き金となったのは、水鳥に存在していたインフルエンザウイルスが突然ヒトに感染するようになってきたことによると考えられています。もちろん、インフルエンザウイルスにとって種の壁というものは大きいため、容易に水鳥からヒトに感染することはありません。
北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターのセンター長である喜田宏教授らの長年の研究結果により、水鳥からヒトへの感染の媒介をする動物は、ブタであると考えられています。ブタはヒトと同じ哺乳動物でありながら、ヒトとトリそれぞれで流行しているインフルエンザウイルスのどちらにも感染します。水鳥に存在したウイルスが、まずニワトリなどの家禽に感染し、さらにブタを経由してヒトに感染するようになったと考えられます。
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北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター外観
Photo by S. Soma
ヒトに感染していなかった亜型のインフルエンザウイルスのヒトへの感染は、俗に「香港風邪」と呼ばれた1968年に発生したH3N2亜型のウイルス感染によるインフルエンザの流行以降、起こっていません。
このため、パンデミックの周期を考えますと、そろそろ発生してもおかしくはない時期と考えられます。その上、近年、日本や東南アジアをはじめ多くの国で、家禽にH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが感染し、大きな被害をもたらしています。また、数としては決して多くはありませんが、ヒトにも感染し、感染者の60%が死亡するという極めて高い死亡率を示しています。
これらの現状から、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染が拡大し、多くの犠牲者を出すことになるのではないかと警戒されており、多くの国ではその対策を立てる必要に迫られています。
多くのインフルエンザウイルスは鳥類に感染しても、主に腸管で増殖するだけですが、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスは全身の臓器に感染し、増殖することが出来るのです。このことが感染したニワトリに高い病原性を示す一因となっているようです。そしてこのウイルスは、ヒトやマウスなどの哺乳動物でも全身のあらゆる臓器で増殖することが出来ると考えられています。従って万が一感染した場合、主に肺や気道などの呼吸器官のみで増殖する季節性インフルエンザウイルスが感染した場合より症状が重篤化しやすいのです。
ただ、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスはヒトの鼻や喉の粘膜では感染できず、肺の奥まで入り込まなければ増殖できないと考えられています。ですから、咳やくしゃみなどによる空気感染でのヒトからヒトへの感染拡大は起きていません。
もちろん、このウイルスの感染によって死んだ野鳥を素手で触らないようにするとか、高病原性鳥インフルエンザが発生している地域では、鳥にむやみに近寄らないようにするなどの注意は必要ですが、過剰に警戒する必要は今のところありません。
ヒトに対して高い病原性を持った
ウイルスの出現とその対策
インフルエンザと考えられる感染症と人類との戦いは紀元前までさかのぼると言われています。
なぜこのように長い期間にわたってインフルエンザウイルスが存続し得たのかというと、このウイルスは通常カモやハクチョウなどの水鳥に感染しても、まったく病気を起こさないからです。自然界では、基本的に感染した動物に病気を引き起こすようなウイルスはその子孫を残していくことが出来にくいと考えられます。人間はインフルエンザを患って歩くことができないような高熱を出したとしても、安静にして回復を待つことができますが、弱肉強食の自然界に生きる水鳥にとって、そのような状況は生命の危機と言っても過言ではありません。
そしてウイルスに感染した個体が衰弱し、死んでしまえば、そのウイルスの子孫を他の個体に感染伝播する可能性が低くなります。ですから、水鳥の間で病気を引き起こさないようなウイルスのみが受け継がれていると考えられます。
ところが、養鶏場で飼育されているニワトリなどを宿主とした場合では、状況がかなり異なってきます。水鳥が保有するインフルエンザウイルスはニワトリに対する感染力は低く、まず、アヒルやウズラなどを介してニワトリに感染します。ニワトリの間で感染が繰り返される間に、突然変異によって高病原性鳥インフルエンザウイルスが出現したと考えられています。
これは実験的にも証明されていまして、マウスやニワトリなどの実験動物にインフルエンザウイルスを感染させて、増殖したウイルスを次の個体へ感染させることを繰り返していくと、突然変異により高い病原性を持ったウイルスが出現します。
ですから、現在流行中のH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスに限らず、ニワトリの間でインフルエンザウイルスが感染し蔓延した場合、それを放置する事は極めて危険な行為です。
高病原性鳥インフルエンザが流行した原因としては、ニワトリにワクチンを接種したり、治療薬を投与したりして、ニワトリが死んでいくのを食い止めようとしたためであると考えられています。
現在、私たちが出来る最善の策は、ニワトリにインフルエンザウイルスが感染した時点で、かわいそうなのですが感染したニワトリをすべて殺処分してしまうことしかありません。ニワトリの間で高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染が蔓延し、そのウイルスがヒトにパンデミックを起こしてはいけないからです。
実際に、日本ではそのような対応を続けてきており、ウイルスの感染拡大を防ぎ、効果を挙げています。また、鳥インフルエンザ流行の発信地となったアジア各国でも同様の対応を行い、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザの制圧をしつつあります。依然として予断を許さない状況ではありますが、このままヒトにパンデミックを起こさないまま、鳥インフルエンザの流行が終息することを願っております。
現在、私たちは、パンデミックが起こったときでもすぐに対応できるように、インフルエンザの診断・予防法および治療薬の開発を目指して研究を行っています。