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第67回佐渡充高のワールドツアーリポート

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全英オープン、全米プロ勝者のP・ハリントンは庶民派チャンピオンだ!

全米プロで欧州の選手が優勝するのは1930年以来。実に78年振りの快挙!


 今季最後のメジャー試合、全米プロ選手権は北京五輪の影響のため日本でライブ中継されず残念だったが、アイルランド出身、37歳のパドレイグ・ハリントンが歴史的快挙を遂げていた。
 同大会優勝は欧州の選手としては1930年のトミー・アーマー(スコットランド)以来78年ぶりの勝利。同一年度に全英オープンと全米プロ選手権の両大会に優勝したのはゴルフ史上4人目の快挙だった。さらにその前のメジャー、全英オープンで欧州の選手が2連覇するのは1906年のジェームズ・ブレイドまで遡り、なんと102年ぶりというとてつもない優勝を飾った。そんなメジャーチャンプだが”温和で飾らない性格“でいつも優しい空気が流れている。
 ハリントンは1971年8月31日、アイルランドの首都ダブリン生まれ。5人兄弟の末っ子で、父ガンラは警察官で厳格な教育で育った。父の方針で文武両道に励み、ゴルフはアマチュアの最高峰ウォーカーカップの欧州代表に選抜されるほどになった。プロゴルファーはいつ収入が途絶えるかわからないと勉学にも励み公認会計士の資格を取得したあと、23歳でプロに転向したアカデミック・アスリートだ。
 急激に実力を発揮しはじめ、メジャー通算3勝、ワールドワイドで16勝。06年には欧州ツアー賞金王にも輝いた。世界のトッププロでメジャーチャンプともなれば近寄りがたいと思われるが、彼ほど温和で飾らない選手はいない。
 昨年5月、シカゴの通関で大行列の最後尾あたりにTシャツにジーンズ姿のハリントンを見かけた。フロリダ州への乗り継ぎ便に間に合うのは僕のあたりでギリギリだったので「間に合う?」と彼に聞くと「大丈夫だよ」とゆったり構えていた。で、本当に間に合った。彼が搭乗した途端に飛行機のドアが閉まった。
 空港などで一緒になると同行しているティム・クラークらも呼んで「皆で一緒に記念撮影しよう!」ということもあった。出来上がった写真はまるで修学旅行のよう。彼のまわりにはいつもゆったりと優しい空気が流れていている。


ハプニング王子の本領発揮。全英オープンのクラレットジャグを家に置き忘れ!


 最新の大きなハプニングは8月のブリヂストン招待の時だった。全英チャンプは一年を通じて出場試合に優勝トロフィーの「クラレットジャグ」を持参する。関係者や友人、知人とジャグで酒を酌み交わす、という慣わしがあるからだ。ハリントンは意気揚々と大切なトロフィーを持参しアイルランドから米国オハイオ州にシカゴ経由で移動し無事に到着。が、受け取り荷物のコンベアの前で待てど暮らせど大切なトロフィーを入れたトランクが出てこない。
 普通ならここで相当あわてるはずだが、本人は落ち着いて航空会社に荷物紛失の申請をするため列に並んだ。その間になにげなく携帯メールをチェックしてみるとキャロライン夫人からメッセージが入っていた。
「クラレットジャグを入れたトランクを家に忘れています」。
「妻から相当怒られると覚悟していたけど、電話したら呆れて笑っていた」とか。まさにハプニング王子だ。


単独首位に立ちながら失格。プレーオフ進出ながら不参加のハプニングも・・・


 試合においても、今だからこそ笑える出来事があった。2000年の欧州ツアー、ベンソン&ヘッジズ大会3日目のことだった。翌日は2位に5打の大差をつけ単独首位で最終日を迎えることになったのだが、突然、失格を言い渡された。大会初日のスコアカードにサインをし忘れていたことが3日目に分ったのだった。よりによって大差の単独首位で迎える前夜に発覚するとは何とも皮肉。もちろん責任はサインを忘れた本人にあるが、あまりのタイミングの悪さに苦笑するしかなかった。
 98年に豪州で開催されたハイネッケン・オープンでは自分のミスというより不運に見舞われた。最終組の3時間前にホールアウトしたハリントンは、まさか自分が優勝争いに加わるとは夢にも思わずさっさとコースをあとに空港へ向かった。出国手続きを済ませロンドン行きの飛行機を待っていたところ「プレーオフですよ」との連絡が入った。その日の午後は強風が吹き荒れ上位陣が総崩れ。ハリントンが首位タイに上がったのだった。今更、間に合うわけもなく不参加とみなされ、残念ながら3位という結末に終わった。


2連覇達成の全英オープンは左手首の痛みでなんと欠場率50%の危機だった!


 今年の全英オープンは直前まで欠場の危機だった。前週に自宅近くで練習している際、ミスショットに少し腹を立て、クラブでバッグを叩いたところ、しばらくしてから左手首が痛くなってきた。その痛みは本戦直前の水曜日になっても治まらず、練習ラウンドも9ホールしかこなせず。ラフに入った打球はフェアウエーに出して練習するほどの状態だった。
 ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ輝かしい記者会見の席上で「五分五分で欠場の可能性も」と言わねばならなかった。ところが・・・痛みをこらえてプレーしたところ、見事2連覇の快挙!本人もまさかの劇的結末を次のように話した。
「順風満帆、調子が良い時は緊張感が足りなかったり油断したりで結果が伴わない。それより不調や、何かのトラブルがあった方が丁寧に、1打1打を大切にプレーするから良い結果が出るもんだね。かといって不調やトラブルを望んでいるわけではないけどね(笑)」 ハリントンは来季からアメリカにも拠点を置き米ツアーの出場を増やす予定だ。ますますの活躍とハプニングで新たな伝説が生まれるかもしれない。




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